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道の駅「おがち」
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小野小町のふるさと 雄勝町
学校の授業等で必ず一度はその名を口にすることもあっただろう、そして百人一首で「花の色は移りにけりな いたずらに・・・」こんな詩を読み上げたり記憶したり、そんなことはなかっただろうか。それこそ、平安の女流歌人「小野小町」が詠んだ歌である。恥ずかしながら、学校で学んだことで記憶に残っているのは、この歌程度で、小野小町の生涯については今回改めて調べ、なんともせつない気持ちにさせられながら、書き留めておく。

小野小町は出羽の国福富荘桐の木田(現在の雄勝町小野字桐木田)に生まれる。幼い頃から歌や琴等の才能に恵まれ、やがて京に上がり宮中に仕えることになる。その際に「小町」という名を頂き、天皇にもたいそう可愛がられた。小町は才能のみならず美貌にも恵まれ、多くの恋文も届いていたとか。しかし、彼女の心は動くことがなかった。長い京の暮らしをするにしたがって、小町の心はふるさとを思うことが多くなる。美貌と才能を持つが故にねたみ等もあったのではないだろうか、このあたりは何時の時代も人間は進歩しないものだ(苦笑)。

結局、小町は京を退き、ふるさとへと戻り、歌を詠んだり琴をひいたりと静かな暮らしをしていた。そんな中、小町を想う深草少将が、小町に逢いたいがゆえに京から小町のふるさとへとやって来る。深草少将は小町へ「逢いたい」旨の手紙を書いたのだが、小町は逢いたい気持ちを抑え、「私を心から慕ってくださるならば、毎日一株の芍薬を高土手に植え続け、それが百株になったら、あなたの御心にそいましょう」なる返事を書いた。それから、深草少将は毎日のように芍薬を植え続ける。逢えない理由には幾つかの説があるらしいのだが、一説には小町自身が疱瘡を患っていたという。100日も経過すれば治るのではないか、という意味も含まれていたのではないだろうか。

しかし、とうとう百株目の夜に悲劇が起こる。雨のせいで深草少将は橋ごと流されてしまったのである。雨だろうがなんとしてでも約束を果たしたいという深草少将の気持ちは分かるが、これもまた運命なのだろうか。小町は少将を二ツ森に葬り、その後も泣き暮らしていたが、やがて岩屋堂に移り住み、余生を自像を刻みながら過ごした。

以上が"ほし"なりの解釈を含めた小町の生涯なのだが、地方によってはまた解釈が異なるところもあるらしい。こうして、道の駅から歴史に触れるのはなんとも面白いものである。

ところで、ここの駅のスタンプの図案にも採用されている小町のキャラクターは、なかなか可愛くてお気に入りである。小町といえば「美人」を想像するが、この図案はまるで子供の頃の可愛い小町を想像してしまいそうだ。

 

 

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データ作成日:2001年07月05日 最終更新日:2004年01月20日