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道の駅「きつれがわ」
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歴史の香り漂う喜連川町
売店に置かれていた「尊氏せんべい」からもわかるように、喜連川町は歴史の香りが漂う場所である。喜連川町はその昔、「きつね川」と呼ばれていた時期があったのだが、1,186年に塩谷惟広がこの地に築城(倉ヶ崎城、又の名を喜連川城)したあたりの時代に、喜連川に改められたらしい。どうして「喜連川」か、それは荒川と内川の来たり連なる川の様子から「来連川」→「喜連川」になったとか。実に昔・昔の話である。

ちなみに、この塩谷惟広は源氏の血をひいており、源義経と共に源平合戦に出陣し戦功をあげたことにより源頼朝から領地を賜り、倉ヶ崎城を築城、初代城主になる。その後、17代 約400年ほど続いた塩谷家は、その時の城主であった塩谷惟久が豊臣秀吉の命令に対しすぐに従わず、怒りにふれるのを恐れて城を捨てて逃げてしまったことにより滅亡してしまう。しかし、塩谷惟久の妻の嶋子は豊臣秀吉に願い出ることにより、嶋子の弟である国朝と古河公方義氏の娘とを結婚させ、足利家を継がせる。更に国朝の死後、その国朝の弟であった頼氏に跡を継がせ、嶋子の喜連川領を受け継ぐことで、喜連川公方足利家を再興させたのであった。その後、江戸時代においては内高1万石ながら十万石の扱いをうけてそれは明治にまで至った。(あちこちの資料を調べながらの解釈ゆえ、一部間違った点があるかもしれないがご容赦を。)

喜連川町には、歴史色濃い場所が幾つか存在する。お丸山公園や足利家の墓がある龍光寺等々、興味ある人は訪れてみてはいかがだろう。(2001年7月レポート)

 

 

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2002年3月17日 交流ターミナルの外壁にコンタ君 登場!(道の駅よもやま話)
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データ作成日:2001年11月23日 最終更新日:2003年12月05日