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木曽次郎義仲公は、1154年武蔵の生まれであるが幼い頃に父である源義賢を源義平に攻め滅ぼされてから、木曽に逃れ中原兼遠に育てられた。1166年元服後木曽義仲を名乗り、以仁王より平家追討の令旨を受けて挙兵すると数々の戦に勝利してきた。そうして都入りした義仲はその後征夷大将軍に任じられたが、1184年に後白河法皇の策略により粟津ケ原で31歳のその生涯を閉じたということである。「日義村」の名称は、義仲が平家追討の挙兵をした場所で、その名にちなんで付けられたと言われている。日義村にある「義仲館」の門をくぐるとまず木曽義仲と共に巴御前といわれる女武将が寄り添っている像が目に飛び込んでくる。この巴御前は、義仲の養父である中原兼遠の子であり、男勝りの美女だとか。一説によれば義仲の妾とも言われていたらしい。 この村のマスコットキャラクターは、「よしなかくん」と「ともえちゃん」。これらのキャラクター、お土産品等にも印刷されている。このキャラクターは村おこし事業のひとつとして一般公募された中から採用されたもの。 |
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| 訪問履歴:1回(1st:2001/02/04 17:03) |
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データ作成日:2001年02月21日 最終更新日:2004年03月16日