ふゆのほし的「道の駅」ご案内   道の駅をたずねて何千キロ
道の駅「日義木曽駒高原」
HOME > 中部 > 長野県 > 道の駅 日義木曽駒高原 > 地域よもやま話
日義村が「木曽義仲の里」といわれるその歴史は・・・
木曽次郎義仲公は、1154年武蔵の生まれであるが幼い頃に父である源義賢を源義平に攻め滅ぼされてから、木曽に逃れ中原兼遠に育てられた。1166年元服後木曽義仲を名乗り、以仁王より平家追討の令旨を受けて挙兵すると数々の戦に勝利してきた。そうして都入りした義仲はその後征夷大将軍に任じられたが、1184年に後白河法皇の策略により粟津ケ原で31歳のその生涯を閉じたということである。「日義村」の名称は、義仲が平家追討の挙兵をした場所で、その名にちなんで付けられたと言われている。

日義村にある「義仲館」の門をくぐるとまず木曽義仲と共に巴御前といわれる女武将が寄り添っている像が目に飛び込んでくる。この巴御前は、義仲の養父である中原兼遠の子であり、男勝りの美女だとか。一説によれば義仲の妾とも言われていたらしい。

この村のマスコットキャラクターは、「よしなかくん」と「ともえちゃん」。これらのキャラクター、お土産品等にも印刷されている。このキャラクターは村おこし事業のひとつとして一般公募された中から採用されたもの。

 

 

道の駅詳細レポート帳
各道の駅内で特に細かくチェックした内容について、別途「詳細レポート」として掲載している。
赤いアイコンをクリックすると各レポートページにジャンプする。フォトギャラリーと合わせて御覧頂きたい。
フォトギャラリー道の駅よもやま話地域よもやま話売店レポート駅グルメレポート温泉・宿泊レポート遊ぶ施設レポート見る施設レポート体験施設レポート公園広場レポートキャンプ場レポート
詳細レポート-記事タイトル-
写真でつづる道の駅ギャラリー(フォトギャラリー)
日義村が「木曽義仲の里」といわれるその歴史は・・・(地域よもやま話)
道の駅で見つけた特産品、お土産たち/「ささりんどう館」で見つけた道の駅なもの(駅みやげレポート)
 
訪問履歴:1回(1st:2001/02/04 17:03)
HOME > 中部 > 長野県 > 道の駅 日義木曽駒高原 > 地域よもやま話

ご意見・ご感想・ご要望は、ふゆのほしまで。
MapFanWebは、インクリメントP株式会社のインターネット地図検索サービスです。
地図へのリンクはMapFanWebの利用規程に基づいています。
Copyright(c)2001-2004 ふゆのほし All rights reserved.
本内容すべての無断複製、引用、転載を禁じます。
データ作成日:2001年02月21日 最終更新日:2004年03月16日