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道の駅「古今伝授の里やまと」
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大和町は古今伝授の里、さてそれは何に由来するもの?
各道の駅を訪れるたびに、日本の歴史に触れることが多い今日このごろであるが、この道の駅「古今伝授の里やまと」においても、遠く室町時代周辺にまでさかのぼることになる。

というわけで、古今伝授の祖といわれる東常縁を中心に、東氏の歴史を少しだけ振り返ってみよう(高校時代の日本史を思い返したりも)。東氏はもともと現在の千葉県にあたる下総国の千葉氏の一族であり、その祖は千葉介常胤の六男、胤頼(1155生-1228没)。その胤頼の子である重胤は藤原定家に和歌を学び、更に重胤の子である胤行も二条大納言為家(藤原定家の子である)について和歌を学び、東氏がまさしく和歌の家系である土台造りがなされていたともいえる。

そして、承久の乱(1221年)の功績によって東氏3代胤行は美濃国郡上郡山田庄(現在の大和町)を得て、以後320年もの間、この地を治めたという。

さて、時は室町時代中期、東氏第9代とも10代ともいわれている(資料によって異なる)東常縁は、東氏代々和歌の道に優れてきた血を受け継いでおり、そんななかでも特に名高い歌人でもある。それとともに実に勉学熱心でもあり、「古今集」をはじめとした昔からの歌を学び研究にいそしんできたともいう。そうして東常縁は、連歌師である飯尾宗祇に、「古今集」の奥義を伝授する、いわゆる「古今伝授」を行ったのである。

また、文武両道に秀でていながらも実に歌人らしい東常縁の時代エピソードをここで紹介しよう。東常縁ひきいる部隊が、千葉東氏の内紛を鎮めるがために関東へ遠征に出かけている間、応仁の乱が勃発。美濃国においても東西分かれて戦いにおよび、そんななか、美濃国土岐守護代の斎藤妙椿が、郡上東氏の城(篠脇城)を攻め落としてしまう(1468年)。その知らせを受けた常縁は悲しみに暮れ、和歌を10首詠んで妙椿に贈るとその歌に感動した妙椿は城を返還したのだとか。城の奪取うんぬんの話の中で、このような雅なやりとりもなかなか珍しいのではないだろうか。

大和町には、そうした東氏ゆかりの地があるので、歴史を感じながら訪れてみるのもよさそうだ。(東氏が氏神を祀ったといわれる明建神社、東氏記念館、和歌文学館等がある古今伝授の里フィールドミュージアムも興味深い)

 

 

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データ作成日:2003年06月29日 最終更新日:2004年03月14日